子どもの問題から大人が逃げてどうするの?

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コロナ以前から、都内ではカフェでパソコンを広げてリモートワークする人の姿を多く見かけてきた。そのたびに私はこう思った。「みんなそんなに会社に居づらいんだろうか?」と。

コロナ禍になり、外出を控えるよう要請が出てからも、カフェでリモートワークする人の姿が絶えなかった。ますます考えてしまった。「家にも居づらいんだろうか!?」と。

フリーランスになった私は、都内にできたばかりのシェアオフィスを借りることにした。申し込んだ時はまだ数人しか利用者がおらず、オフィス内のルールもあいまいだった。利用し始めて驚いたことがある。利用者の中に、小学生の先客がいたのだ。なんでも家庭教師に勉強を見てもらう場所として、シェアオフィスを利用しているんだとか。管理会社からは「ご迷惑をかけるかもしれませんが、よろしくお願いします」とも言われた。

わたしはその子を「小学生くん」と呼ぶことにした。彼の利用は週に2回ほどだと聞いていたが、オフィスを利用し始めて一週間たったころ、一つ心配なことが出てきた。家庭教師が帰った後、小学生くんはオフィスに残り、なかなか帰ろうとしないのだ。でも、誰か迎えに来る様子もない。そこであるとき、声を掛けてみた。

「もう暗いけど、今日は誰か迎えに来るの?」

しかし彼ははっきり答えなかった。わたしから目をそらすと、何かもごもご言っていた。

その様子を見て、嫌な予感がした。帰らないんじゃない、帰りたくない事情があるのかしれない、と。でも、子どもが一人職場にいると、正直騒がしい。ここには常駐しているスタッフもいなければ、彼の親らしき人も顔を出さなかった。こんなに暗くなるまで子どもを預けておくなら、私が親だったらせめて挨拶に来るか、一言断っておくと思う。

だんだん「小学生くん」のルールが崩れていった。週2回の利用が、放課後は毎日になり、春休みに入ると朝から晩まで一日じゅういるようになった。一か月経つ頃には、まるで学童施設のようになっていた。リラックスして、オフィスをくまなく歩きまわり、自分の部屋のように使っていた。宿題、食事、動画視聴。風呂と寝る以外の生活を、そこで送っていたような気がする。こんなに自由にしているなら、友達を連れ込んでもおかしくない。でも彼は一度も同世代の友達を連れてこなかった。

私は彼の名前も知らないし、親から一度も挨拶されたこともない。何時に誰が彼を迎えに来るのかも把握してなかった。それなのに、彼の一日をそこで見ていた。食事する姿も、宿題する姿も、全部見ていた。時には、オフィスに彼とわたし、二人だけの時もあった。でも何かあっても責任が持てない。未成年の彼の管理を誰もしていなかった、というのが「事実」だった。

小学生くんの「ルール崩壊」はだんだんエスカレートしていった。ついにシェアオフィスを、遊び場にし始めた。床にウォーターサーバーの水を円状にまいておいたり(翌日発見した私は雨漏れかと思って管理会社に電話した)、ベランダの草木に勝手に水をやったり。挙句の果てにはキックボードを持ち込み、シェアオフィスで走り始めた。さすがに、私は注意した。話し声が大きかったら「うるさい」と伝えたし、好き勝手に音楽を鳴らしていたら「仕事中だからボリューム下げて」と伝えた。でも、周りの利用者は、みんな見て見ぬふりをしていた。「子どものすることだから」と許していた。

大人たちはみんな、彼を「怒らない」ふりして無視してた。でも、私は良いときもわるいときも彼に注意を向けることにした。そうすべきだと思ったから。だって彼の行動はすべて「構って欲しい子ども」そのものだった。大人の注意を引いて、コミュニケーションを取りたかったんだと思う。そして、自宅ではその希望が叶わないから、毎日遅くまであそこにいたんじゃないかな。

ある時、事件が起きた。いつも通り、家庭教師を連れて有料ルームに入っていった小学生くん。私は離れた部屋でパソコン作業をしていた。1時間ほど経った頃、遠くで怒声がした。

「あああ!もう!!!」

はっきり聞こえた。

何が起きたんだろう?と思った。

声の方向を見ると、「うううう~」と唸り声をあげている小学生くんがいた。

泣きながら、目を吊り上げて、肩を震わせた彼が、殺気立っていた。一瞬「刺される」と思った。翌朝の朝刊の見出しが浮かんだ。でも、彼の怒りはわたしに向いてなかった。というか、誰にも向いてなかった。その場にいない、何ていうか、彼を監視してる人に向かって怒りをぶちまけていた。

彼が発した言葉を、一言一句覚えている。

「なんなんだよ、みんなして好き勝手いいやがって!パパに言いつけてやる!わああああ!!」

そう叫んで、彼は一人、シェアオフィスを飛び出していった。一部始終を見ていたのは、わたしと、彼を気に掛けていた女性と、家庭教師、そして男性利用者、の4人。

他にもその場に大人がいたけど、我関せずという態度だった。子どもが叫ぼうが、かんしゃくを起こそうが、無視する大人もいたのだ。それもびっくりした。確かに、他人の話だから関係ないんだけど。

一部始終を見ていた大人たちで、事件当時について整理した。「あれ、かんしゃくってやつだよね?」と。もしそうだとしたら、最初から知っておきたかった。ここであんなふうにキレるってことは、家でもそういうことがあるはずだ。なのに、なぜ彼の親は、そのことを黙ってシェアオフィスに一人こどもを預けていたんだろう?もし事情を教えてくれていたら、何かできたかもしれない。接し方を工夫したかもしれない。もっと気に掛けたかもしれない。言ってくれたらいいのに。

翌日も私はオフィスを訪れた。殺人犯は現場に戻る、と行動心理をドラマか何かで聞きかじったことがある。ドアを開けた瞬間、怒りがおさまらない小学生くんに刺されやしないか、恐ろしかった。(もちろんそんなことはなかったが)それくらい、トラウマが残った。でもあれ以来小学生くんは来なかった。

そして、私以上にトラウマになったという人がいた。彼をずっと気に掛けて、母親代わりのように接していた利用者の女性は「怖くてもう戻れない」と、オフィスを解約してしまった。

その女性から驚く話を聞いた。

「毎朝7時に来る男の人いるでしょ・・・あれ小学生くんの“お父さん”だよ」

ええ!?親、来てたの?

なんと、彼のお父さんもシェアオフィスを利用していたのだ。

でも一度も、「子どもがお世話になってます」とか、挨拶されたことがない。事件についての説明もなかった。

お父さんは毎朝7時にやってきては、まっすぐ歩いて席に着く。自宅から淹れてきたのか、バッグからマグを取り出し、ふたをキュキュッと開けて、熱々のコーヒーをすする。「ああーっ」と唸る声を聞くと、なんか笑ってしまう。現実逃避してる場合じゃないだろ。解決するべきことがあるんじゃない?あの事件は、何だったの?なんで他人のわたしたちが、ずっと彼を見守ってたのに、一度も挨拶してくれないの?広いオフィスを遊び場にしていた小学生くん。早朝から家を出てオフィスでコーヒーをすすってるお父さん。親子そろって「家」という居づらい場所から、このオフィスに現実逃避しに来てるんだろうか?そう思った。

先に言ってくれていれば。みんなで共有していれば。いつか何かが起きてしまう前に。ますます居場所がなくなってしまう前に。そう思う出来事だった。

書いた人 本間恵理

新潟県出身。東放学園専門学校卒業。学生時代にラジオの放送作家を経験した後、テレビの放送作家の事務所に就職。リサーチャーとして独立後、2020年7月、女性だけ...

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