地獄を見たわたしの前で「世界を救う」なんて簡単に言うな!

オンナの叫び

だいぶ前、駅前でギターを持って座っているオジサンがいた。そのオジサンに声をかけられたので立ち止まると、わたしの生まれ年を聞いてきた。そして、その年に流行ったという曲を歌い出した。そのあとに「特別に世界を救う歌を」とオリジナルソングまで歌い出した。でも、ギターも歌も、歌詞も、下手くその下手くその下手くそだった。ひと通り歌い終えると、「お代を」と言われた。クソッタレ。舌打ちしたい気持ちを押し隠しわたしは500円を投げ入れた。なにが「特別」だ。なにが「救う」だ。なにが「お代を」だ。お前の歌になんの価値がある。お前の歌でわたしのなにを救える。世界のなにを救える。

「詩を書きたい」

あいつの歌を聴いてそう思った。

わたしのほうが上手く書ける。

わたしの前で「世界を救う」なんて簡単に言うな

こんな世の中だもの。「型にはまった文章」だけでは伝えられないことがある。

バカ騒ぎしてるみっともないやつらが撒き散らすウイルス、見えないものへの抵抗、わたしのなかにかすかにある生、愛、性、死。すべてをあらわすには、意味を成さない、自由な解釈のできる、文字の羅列だけが味方だと思ったから。

伸ばされた手をわたしはいつも掴みそこねる。意味の無いもの、これだけじゃ伝えられないもの、わたしはどうしても掴みたい。世界への愛をカタチにしたい。わたしは世界を憎んでいるけれど、同時に愛してもいる。二律背反。私の機嫌は日替わり定食のようなものだ。

ひとがひとを「救う」なんて言葉は傲慢だ。バカバカしい。

だけど「文字」はひとを「救う」

だからあいつより優れた詩を書きたい。

わたしだったらどんな詩を書こう?

いまも誰かがこの世で苦しんでいる。優しいひとほど損する世の中だから。だからわたしは冷たい氷のような詩が書きたい。世界を突き放す詩が書きたい。それが優しいひとへの最大の敬意。損をしているのはあなたたちだけじゃない。わたしは、あなたを、尊敬している。羅列された文字のなかから、こころのなかから、わたしはそれらをすくいとりたい。冷たい詩に触れて、いっそ自分のいる場所が暖かく感じられるように。わたしはあいつより確実にうまく詩を書ける。

わたしにはなにもない。どこへも行けない。なんの保証もない。だから、書きたい。どうしようもないほどの晴れの日。どうしようもないほど寂しい日。あいつよりもっともっとじょうずな詩。それでいて誰の目にも触れない詩。

「わたし」というみっともない存在を文字にしよう

わたしには本と薬と、それから愛するひと。わずかな糸で繋がれた細い細い縁の友だち。それしかない。それらをつなぎ止めたい。「わたし」という存在で、いちばんダサくみっともないカタチで、つなぎとめたい。詩は氷にも糸にもなる。何にでもなる。変幻自在で、自由自在。孤独なオンナの寂しいひとりごと。みっともない。

みっともなくても、ダサくても、誰にも届かなくても、寂しければ書けばいい。拙くても書けばいい。筆を取れ。指を動かせ。のまれないように。のみこむように。書くのだ。

何も見えないなら、見えるものを書くのだ。「書を捨てよ、町へ出よう」ではなく、私の場合は「書を抱え込め、町へなど出るな」。内側に閉じこもれ。見つめろ、じぶんのなかの黒い穴を。みっともなさを受け入れろ。

書くことは楽じゃない。詩でもエッセイでも作文でも日記でも、とにかく楽じゃない。苦しい。だけど、楽じゃないことって、寂しくない。だから続けられるのだと思うし、寂しければ書けばいいと思う。見えるようにカタチにすればいいと思う。

「書くこと」は、わたしの存在証明

わたしは認められたい。わたしはあいつより優れていると証明したい。「お代を」などと言いたくない。かっこつけたい。「どうぞ無料で」と言いたい。

どうしようもない頭の中のマーブルを、この世界にぶつけたい。

これはわたしなりの、世界への復讐。わたしなりの、愛の表現。

なんてダサくて、みっともないんだろう、この承認欲求は。だけどこれが「わたし」なのだ。

こんな世界で、生き延びるための手段なのだ。

書いた人 小野寺美緒

1月生まれ。本が好き、映画を観る要領で頭に文字を流す。 わたしのような、みっともないおとなでも生きていけるんだ、と思ってほしいと、頭の中のマーブル模様を文字...

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