ドMの矛盾を聞いてください

オンナの叫び

昔から、パートナーである男性とは対等でいたいと思っていた。
それは今でも変わらず、旦那とは対等な関係を築けていると思う。

だけど心のどこかで、男性に支配されたいと思っている自分もいる。

私の不思議な欲求

もちろん、好意もない、尊敬もしていない男性に支配されるのはごめんだ。
だけど男性に好意をもったとき、男性に対して尊敬の念が芽生えたとき。このひとに支配されたい、そう思ってしまう自分がいる。

支配される、とは、具体的にどういうことなのか。
精神的にも身体的にも、ねじ伏せられたい、と言ったほうがわかりやすいのかもしれない。
身体に痛みを与えられたり、「お前には価値なんかない」と罵倒されたりすると、痛い、悲しい、と思う反面、どこか恍惚としてしまっている自分がいるのだ。

もっと具体的に言ってしまおう。たとえばセックスをしているとき、頬を打たれたり、お尻を叩かれたり、首を絞められたりすると、わたしはうっとりとして、痛みや苦しみに身を委ねてしまう。

ただもドMの枠組みに入れられない

一般的には、わたしのような人間を「ドM」と呼ぶのだろう。
だけど、そんな単純な言葉で片付けられるようなことじゃない、と思う。わたしは、痛めつけられたり、罵倒されたりして、ただ悦びを感じているわけではない。わたしのような愚かな人間は、そんなふうに扱われるのが「正しいこと」なのだと安心する。ほっとするのだ。

小さな頃から周りの人に「いい子」だと言われて、叱ってほしいとき、喝を入れてほしいときにそれらを与えてくれる人がいなかったから、いつからか「わたしを罰してくれるひと」を求めるようになったんじゃないかと思う。

だけど、長々と説教をされたりするのは嫌。もっとわかりやすく端的に、わたしを罰してほしい。そうたとえば、身体を痛めつけることによって。強い言葉で罵倒することによって。

そんなだから、わたしは今の環境に満足できていない。旦那がわたしのことを大切にしてくれるのは嬉しいし、幸せだけれど、それだけじゃ足りない。わたしに痛みを与えてほしい。ずーっとそう思っている。

こんなこと、家族や友人にはとてもじゃないけれど打ち明けられない。
だからわたしは、自分の中にふつふつと湧き上がる「支配されたい」という気持ちを、創作にぶつけている。
今のように文章にしたり、短歌や小説にしたり、写真にしたり。
こういうのを、昇華というのだろうなとぼんやり考える。

「支配されたい」という思いが、わたしの創作の原動力になっている。
だから創作を続けるためにも、わたしのこの欲求は満たされてはいけないのだ、という思いもある。

だけど、満たされない毎日は、やっぱり苦しい。
誰かに痛めつけてほしくてひとりで悶える夜があるほど、その欲求は深く、強い。

わたしと同じような欲求を抱え、それが満たされないことに悶えているひとはいるんだろうか。そのひとは、満たされない欲求とどう付き合っているんだろう。どうやって、痛みを与えられない毎日をやり過ごしているんだろう……。

共感してほしいわけじゃない。だけど、こんな苦しみを抱えているのはわたしだけじゃないこと、この苦しみをやり過ごす方法を教えてほしい。

対等であることと、支配されること。これらは両立し得るんだろうか。それができれば、わたしは満たされるんじゃないだろうか。

そんな淡い希望を抱きながら、わたしは「幸せだけど満たされない日常」を生きている。

書いた人 静紅

"1996年生まれ、大阪在住の文筆家。 小学生の頃から執筆活動を始め、現在はフリーライターとしても活動中。 メインテーマである「官能と恋」のみにとどまらず、...

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