「君みたいな20代女性がターゲットなんだ」と言われ反吐が出そうになった

オンナの叫び

その打ち合わせの参加者は、全部で5人だった。
クライアントの出席者が男性3人。ふたりは推定50代。ひとりは推定40代。
私の会社からは上司。こちらも男性50代。そして私。女性20代。

県内の割と都会、一等地に新しく飲食店を出店する、という案件の初回打合せだった。
営業である上司と私は、クライアントの希望やコンセプト、目指すべき理想像のヒアリングを始めた。

お店全体で出したい雰囲気、メインで提供する商品、立地評価、内装のイメージ。
そして、ターゲットの話になったときに、その一言が出た。

「ターゲット層はありますか?」
私の上司がごまをするような猫なで声で聞いた。気持ち悪い。
すると、一番上座に座っていたクライアントの“お偉いさん”が低いだみ声で私を指さした。

20代女性……そのカテゴライズがただただ気持ち悪かった

「ターゲットはねえ、君だよ、君!」

さされた指の先を辿るようにして、私に視線が集中した。
どこまでが額なのかわからない顔が4つ、私のほうを向く。

「え……私、ですか?」

「そう! 君みたいな20代女性がターゲットなんだよ!」

そう言ってガハハハッと“お偉いさん”は豪快に笑った。何がおかしいんだろう、そう思った。
だけど、気づけばその笑い声に合わせて、「くすくす」とも「あははは」とも聞こえるぬるい笑い声が部屋に充満した。

「ほらあ、若いオンナの人がよく言う“いんすたばえ”を狙いたいんだよ! 
“えすえぬえす”で勝手に広がっていってほしい! なあ! 君もやっているだろう!」

耳につくだみ声だった。その声が私の耳に届くと一つずつ石に変わって、私の中で落石が起こるようだった。
がらがらと崩れていく。体のある一部分が震えるぐらい振動しているはずなのに、もう一方はひどく凪いでいた。

怒りなのか、呆れなのか、悲しみなのか、虚無なのか。
どの気持ちも正解で、しかし、どれも間違いで、私はただただ気持ち悪かった。反吐が出そうだった。

「最近のオンナの人は、すぐに写真を撮るからな! 色味が重要なんだ!
鮮やかで、インパクトがあって、カワイイものじゃないと売れない時代なんだよ、君もそう思うだろう!」

ほら、と上司が私に意見を言え、とばかりに目配せをした。
私は「そうですね……」と苦笑いしかできなくて、上司も呆れたのか「仰る通りです!」と拍手すらしそうな勢いで言った。

ああ、この人たちは私の頭の中で、どんなふうに会話が文字化されているのか一生理解できないんだな、と思った。
舐め回すような言い方、不躾で品の欠片もない単語、「オンナ」と「いんすたぐらむ」、カタカナとひらがな。
私が今、怒ってもいて、同時に泣きそうでもいて、さらに呆れていることを知ることはないんだろう。
それらが全部、ぼとぼとと鍋に入れられて、ごとごとと煮詰まって、出来上がったスープを飲んだ気持ち悪さを味わっていることを知ることはないんだろう。

そう思うと、思わず笑ってしまいそうだった。

自分がされていたことは、自分も無意識にしていること

もし、私が同じように「あなたたちみたいな50代男性がターゲットなんですよ」と言ったら彼らはどんな顔をするだろうか。
「おじさんたちは、健康とハゲと加齢臭に悩まされていますもんね!
娘や息子から嫌がられないような対策を考えてきました!」とか言ったらどんな顔をするだろうか。
タコのように顔を真っ赤にして怒るだろうか。怒鳴り散らして、もう取引はせん!とか言っちゃうのかな。
言っちゃえばいいな、と想像して、再び反吐が出る、と思った。

今まさに、タコのように顔を真っ赤にして怒ってもいい状況なのに、平気な顔して気持ち悪さを堪えている自分に。
拳を握りしめているだけで、それを振りかざそうともしないでへらへら笑う上司の隣にちょこんと座っている自分に。
そんなふうに私が思っているとも知らずに、未だに「最近のオンナの人は」と気持ち悪さを製造し続けている彼らに。
「20代女性」の中に無限にあるグラデーションに気づくことなく、画一的なターゲットの見方しかできない彼らに。
そうして結局、彼が私に対して言ったことも、私が想像の中で彼らに言ったこともほとんど同じであることに。

20代女性、50代男性というカテゴライズ。
想像の中の仕返しとはいえ、50代男性から想像される悩みが健康とハゲと加齢臭と決めつけていたことに気がついた。
もしかしたら、彼らの悩みはそうではないかもしれない可能性を排除していた。
奥さんの不倫かもしれないし、ゴルフのスコアかもしれないし、娘が結婚してないことかもしれない。

同じ穴の狢、という言葉が浮かんだ。
深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ、というニーチェの言葉が浮かんだ。

気づけば、打ち合わせは終わっていて、上司と“お偉いさん”が席を立って握手していた。
「これからよろしくお願いします」と言って、笑いあうふたり。
私以外が席を立っていることに気づいて私も慌てて立ち上がった。
取引せん! が起こることなく、平穏に終わりそうだ。

帰り際私は密かに、売れるな!、とクライアント先に飾ってあった神棚に念じた。

書いた人 たなべ

1997年6月生まれ。24歳。女性。富士山の麓山梨県出身。ショートカットの社会人2年目。梅干しと、カフェラテと、洗濯が好き。

プロフィール

ピックアップ記事

関連記事一覧