知人からの何気ない太った?について考えてみよう

オンナの叫び

先日久しぶりに会った友人と家でご飯を食べた。彼女が家に入ってきた瞬間、私を見て

一言目に「え、めっちゃ太った?」と言った。

太ったことは認める。というか太っても適正体重の範囲内ではある。しかし、確実に3キロほど太ったことは事実だろう。ここ2、3ヶ月という短いスパンで急激に太ったからなのか、物凄く驚かれ、終いには「5キロは絶対太った」と断言された。

別にそう言われたからって彼女が嫌い〜とか、もう会わない〜とかそんな昔の自分みたいなことは思わないけど、やはり多くの人がこうやって普通に、何気なく、他人に対して「太った」ということを発する。

なんなら何も考えずに、それを言うことが自然なことの様な周知の認識が私は嫌いで嫌いでたまらない。

かくいう私も昔、「え、めっちゃ太ったじゃん」って何回でもいろんな人に言ってきた。

それでも今はもう言わないようになった。何故ならそれを言う自分が無知で恥ずかしいことを自覚したから。

私の言い分としては、ここ2、3ヶ月で思うようにメンタルと体が動かなかったこと、上手く自分を制御できなかったこと、投薬をしていること、色んな太る要素は頭の中で挙げられるけど、それをわざわざ言ってきた本人に伝えることは、なんか腹立つ。むしろ腹立つを通り越して、悲しいし、呆れる。

全ての人間が、ずっと体重が安定しているなんて馬鹿らしいしありえない。

幸せ太りでも、投薬で太っても、メンタルが安定していなくて太っても、そこにはその人の原因があり、その人自身が1番〝太った〟ことを自覚しているので、他人から言われるとやはり悲しい。悔しい。

何が悔しいって、太った自分ではなく、今まさにそういうよくない状況に置かれている自分が悔しい。もがいている途中に、〝太った〟というひと言がさらに追い討ちをかける感じ。

もう1人、別の知人に会ったときもそのような追い討ちをかけられた。

「なんか、ムチムチした?」

わかるわかる。おそらく言葉を丁寧に選んで1番傷つきにくそうな、可愛らしい形容詞を使ったのだろう。

ただ言われた私からしたら、言葉選びは関係なくて、その言葉の持つ〝意味〟が何よりも重要なんだと知った。

ムチムチもデブも太ったも全部一緒の意味。

やはり人から指摘されたり、指を刺されたことは、自分に非がある、と考えてしまうもので、ある程度大人になった今でも

【じゃあ痩せないと】【ダイエットしないと】なんて安易な考えに陥ってしまう。

本当に変えなければいけないのは、自分のメンタルや行動だと今ならわかっているが、それが思春期の頃は、その言葉だけを信じて無理なダイエットや、さらにメンタルに追い討ちをかけることになっていたのだろう。

これが、少しは大人になって良かったところなのかもしれない。周囲の言葉をそのままダイレクトに吸収するのではなく、自分の考えも踏まえて行動できるという点。物事を大袈裟に捉えず、もう少し周りを見られる余裕。

太ったとか、太ってないとか、痩せたとか、人の外見に対して批判をすることはもうやめよう。そう改めて認識させられた日だった。

外見のことを言わないで!自分が傷つくから!とかではなく、やはり人間って目からたくさんの情報がわかるから、それが1番簡単に、目に止まりやすく口に出しやすいのだろう。

そしてなおかつ批判もしやすいのだろう。

でも、だからこそ安易な情報に惑わされるのではなく内面をしっかり見るべきなのではないか。

外見を否定するのも褒めるのも難しい。

だからこそ、外見については言わないことが良い。

それは寂しいこと。だけど傷つけるよりよっぽどいいな、って私は思う。

そして、「太った?」って聞かれないような生活を心がけたい。

誰よりも自分自身に耳を傾けて優しく労れるように今後もゆっくり自分と生きていきたい。

書いた人 渡辺真央

大きな目標をクリアするために、小さな目標を設定し、それに向けて努力し続けることが出来るライター。自分をどう動かすかを理解しているので、失敗しても、煮詰まって...

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