母が「早く結婚しなさい」というから結婚したのに…、後悔する母に私が気づいたこと。

オンナの叫び

令和になった今、女性の結婚平均年齢は、29.1歳。

母から「早く結婚した方がいい」と言われるようになったのは26年前、私が16歳の頃。
片親で家庭環境が複雑だった母にとって、18歳で妊娠と同時に結婚して家族ができた事は、
此の上無い喜びと幸せだったらしい。

家庭内で一番権力があった母

結婚を勧める母を誰も止めることは出来ない。自分の主観で物事を言う母は、鬱病を患ってから の6年、浮き沈みが多かったけれど右と言えば右に、左と言えば左に行かなければならないほど 家族の中で一番の権力と強さを持っていたからだ。

昼は仕事、夜は学校。 「結婚すれば学校も仕事もしなくて良いのかな」甘い考えが私の頭を過ぎる。

結婚するアテもないまま18歳を迎えると母の言葉は「早く結婚した方がいい」から「早く結婚しなさいよ」へと変わり妙な気の焦りが生まれていた。

気の焦りは、男性とお付き合いする度に結婚を意識してしまい早く終わる恋愛も多かったが、母 は彼氏ができる度に、不思議と結婚のことや束縛することもなくなった。

初めて結婚について考えた

初めて結婚話が浮上したのは私が20歳の時、相手は19歳の陸上自衛官、真面目な人で両親も 気に入っていたが、相手の両親に会うのが決まった数日後、私から別れを告げることになる。

とんとんと話が進む中で、「本当にこの人と結婚していいのか、本当に好きなのか」という疑問は私を結婚から遠ざけ、彼を気に入っていた母は「いい子だったのに勿体ない、もう20歳なのにどうするの」とため息をもらした。

父も気に入っていたことで、しばらく両親とはギクシャクしていた。 数ヶ月後に出会った彼と3年お付き合いし同棲もしたが、両親と離れて暮らす気楽さは甘えとなり結婚まで至ることなく別れることになる。

私自身、結婚に焦っていたのは母を喜ばせたい気持ちと同時に、両親から離れて暮らしたいと 思っていて”結婚”は手っ取り早い方法でしかなかったことに気づく瞬間でもあった。
その後数人と 付き合っても長続きしないまま別れを繰り返した。

26歳になった頃、なかなか結婚しない私にしびれを切らした母は、結婚相談所へと私を連れて行く。「26歳ならお若いから希望される相手も多いですよ」相談所で言われた言葉と対応の悪さは、
母の気持ちを変えたようで「結婚しなさい」とは言わなくなっていった。

出会いは突然で、それから半年もしないうちに出会った男性と付き合い3か月後に入籍が決まる。

結婚が決まって最初は喜んでいた母だったが、入籍の日が近づくにつれ寂しくて毎日泣くようになる。それは結婚後も続き、「母さん寂しい」「結婚させなきゃ良かった」「あんたに母さんの気持ちは分からない」と頻繁に泣きながら電話がきていたが、私の妊娠が分かると気遣いの電話のみで、泣くことは少しずつ減っていった。

結婚して気づいたことは、母は感情的ではあるけれど、自分達が死んだ時のことを考え私に結婚を勧めていたということ。一人っ子の私が、早く家族を作り自分達が死んでも寂しくないように、一人ぼっちにならないようにと。

子供の頃から鬱病の母との関係は良好とはいえなかった。
けれど私も母になり、母が祖母になることで少しずつ母との関係を良いものへと変えてくれた。

私が結婚した当時、結婚平均年齢は27歳。

結局、平均年齢で結婚した私が思うことは、あの時焦って結婚しなくて良かったということ。 結婚は、親のためにするんじゃなくて自分が幸せになるためにするものだから。

書いた人 サナ

仕事と3人の子育てしながら作家への夢を追い続けるアラフォーママ。 一年の半分は神輿を担いでいる女。  中退していた高校を30代で卒業、その後介護福祉士になる...

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