不登校=悪いことなのか?1週間の自主的不登校から、学校に再度登校するためのハウツー

オンナの叫び

確か初めて学校に行くのが嫌で休んだのは、小学4年生の時。1週間ほど学校を休んだ。きっかけは本当にささいなことで、当時一番仲の良かった女の子との関係がぎくしゃくしてしまった。

些細な出来事がきっかけに学校を休むことにした

ある日、お気に入りのシャーペンを使って連絡帳を書いていると、それまではそんなこと言われたことなかったのに、「学校でシャーペン使っちゃいかんとよ」とその子が指摘してきたのだ。

この辺は少し曖昧な記憶なのだけれど、私の小学校では、確か小学4年生ではシャーペンを使ってはいけないことになっていて、鉛筆しか使ってはいけなかった。

連絡帳を書く時しかシャーペンを使っていなかったけれど、一番の友達に悪者のように言われたことに傷ついたのだ。

この出来事が引き金となり、小学校を休むことになった。

今思えばなんちゃない出来事なのだけれど、それ以前にも(これは今では笑い話だけど)緑茶の飲み過ぎで、私の前歯が茶渋で黄ばんでいたのを見て、「歯クソ付いとーよ」と言われたことや、当時流行っていたジャニーズや携帯小説の話に全くついていけなかったこと、毎朝集団登校をしなければならなかったのに、早起きが苦手だった私は、毎日1人で登校していたことなんかも手伝って、学校に行くのが嫌になってしまったのだ。

また、私は小学2年生の時に、都会から田舎へ転校してきた転校生であり、私の通っていた小学校はクラスが1クラスしかなく、6年間ずっと同じメンバーだったのだ。

「お腹が痛い」だったか、「具合が悪い」だったか、布団の中でもぞもぞしていたか忘れてしまったけれど、普段そんなことを言わない娘が珍しいと思ったのか、そんな様子を見た母が「学校休む?」と言ってくれたので、小学校を休むことにした。

幸い、そのことに関しては理解のある母親だった。学校での出来事を話したり、不登校中にお昼の恋愛ドラマを一緒に見たことがちょっぴり嬉しく、今でも記憶に残っている。

小学生時代の不登校でネックだったのは、学校に連絡をしなければならないことと、先生が私の様子を聞いてくることだった。

電話の対応は母親がしてくれたけれど、不登校が3日、4日と続くうちに「お母さんなんて言ったらいいの?」と母に問われ、そのたびに胸が苦しくなったことを覚えている。

熱があるわけではないし、病院に行っても病気ではないので、診断書をもらえるわけでもない。小学生にとって、病気でもないのに学校を休むことは、うまく説明できないことなのだ。

なんと言って学校を休んでいたのかは私も知らない。母に感謝である。

休んだ後に学校に戻りにくいと思う人へ

本題だが、長期間学校を休むと、再度学校に戻ることが難しくなる。それを乗り越えるためにどうしたか?今、当時の私と同じような境遇にある人が読んでいると仮定して、お伝えしていきたい。

まず、一時的に学校を休むことは悪いことじゃないというマインドを持つことだ。

もちろん、推奨しているわけではない。だけど、無理して学校に行くことで、ごはんの味がしなくなったり、わけもなく涙が出たりするくらいなら、少しの間学校を休んでエネルギーをチャージするのも良いのではないだろうか。

“不登校=悪いこと”という考え方に縛られる必要はなくて、今まで一生懸命頑張ってきたのだから、変に布団で具合いの悪そうな演技をせずとも、せっかくの自主的不登校を前向きに楽しむという考えがあってもいいじゃないか。

休んでいた期間にいろんなことを考えたけれど、相手のご両親と本人が自宅まで謝りに来てくれたこともあって「私は悪くない」「相手はうらやましいという気持ちから自分に意地悪をしていたんだ」「だから、私は堂々としてていい」という答えに落ち着いた。

学校に戻ると大抵、「大丈夫?」というお決まりの質問をされるので、その答えも休んでいる期間にあらかじめ決めておくと良い。ここさえ押さえておけば、8割型大丈夫だ。

私は「ちょっと具合悪くて。でももう大丈夫。心配してくれてありがとう」までを1セットで暗記した。

その集団の中にいると、全員が自分の敵に見えてしまう場合があるけれど、案外一人一人を見てみると、そうでもなかったりする。

学校に戻った後は、グループに属していない別の友達との付き合いを始めた。私は昼食を食べ終わるのが遅く、昼休みになっても食べていたため、友達には「先に行っといて〜」と言って、図書館で1人で本を読んだり、勉強したりする時もあれば、外でその友達と一緒に遊ぶ時もあるという”単独行動する自由なキャラ“を作ることに成功した。

自主的不登校で大事なのは、以下3点。

・自分を責めないこと

・みんなと違っても大丈夫!というマインド

・学校に戻った時に起こりうるシチュエーションを予め予想して、先に答えを考えておくこと

そしてまた前向きな気持ちで学校に戻れたのなら、この不登校はとても意味のある良い不登校だと思う。

「病気で休むこと」と「ズルして休むこと」の間に、前向きに「自分で休むこと」が広く認められますように。

書いた人 阿修羅

かつては菩薩のような広い心を持っていたものの、社会の荒波に揉まれるうちに、抑えきれない阿修羅の心が顔を出し、遂に社会進出。 よく分からない学校や社会のルール...

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