私は会食恐怖症。白い目の中で食べるおにぎりは砂利のよう。

オンナの叫び

口の中に入るものすべてが、異物に感じる。味がしない、のではない。「異物」としか感じられないのだ。

精神疾患

会食恐怖症、って知っていますか。

社交不安障害の一種で、誰かとご飯を食べることのできない症状。わたしの場合は、吐き気に襲われてしまう。

社交不安障害は、一生のうち、10人に1人がなるといわれている。

確率は10%。

なぜその10%に入ったのがわたしなのだろう。答えのない問を、ずっと考えている。

原因は冤罪。中学三年生のとき、財布を盗んだんじゃないかと疑われた。わたしはもちろんそんなことやっていないし、やっていないと言い張ったけれどもう翌日にはその噂は広まっていて、首を締め上げられてるような気持ちになった。「白い目」にトラウマのあるわたしは当然、その場にいるのがこわくてこわくて、こわかった。

誰が味方で誰が敵か、問題はそこではないけれど、誰がわたしを信じてくれているのか。

どこかの誰かが、窃盗を繰り返していた。罪を着せられたのはわたしだった

あの頃何故かわたしの周りで盗難が頻繁に起こっていた。北風が帽子を吹き飛ばすかのように、財布が忽然と消える。ぬらりひょんが現れるかのように、お金が盗まれる。それを、仲の良かった四人から「やったの美緒でしょう」と言われた。

口から胃が飛び出しそうになった。蛙。吐く。こわい、吐く。必死の思いで伝えた「やってない」は、彼女らの耳に届くことなく、霧散した。わたしは泥棒扱い。

助けて欲しいと伸ばした手は、握られることなく、空を掻き、わたしは孤立した。

お弁当の時間。友だちと好き勝手食べるみんなの和から外れて食べるおにぎりはまるで砂利のようで、トイレに駆け込んで吐いた。

地獄の生活

それから、しばらく、なにも食べられない日が続いた。なにを食べても砂利やゴムのようにしか感じない。気持ち悪い。吐いてしまう。夏場だったし、部活もやっていたので、体重は8キロ落ちた。

徐々に食べられるようになっていったが

そこからわたしの会食恐怖生活が始まった。誰かと一緒にお弁当を食べられないのだ。ひとりなら食べられる。だけど女子のグループに入ると、目の前の食べ物が途端にゴムや砂利に変わる。

「社交不安障害」「会食恐怖」なんて言葉、当時は知らなかったから、どうしたんだ、おかしくなってしまったのかとさんざんぱら悩んで、「ご飯   食べられない  気持ち悪い」で検索した。ヒットした検索結果から、同じ症状で悩んでいるひとが、ネットの中にいることがわかって少し安心した。

だけどそれが「社交不安障害」という、精神疾患であることも同時に知った。わたしは精神疾患者になってしまった。そう思った。

誰にも言えない。「社交不安障害なんでご飯食べられません」たったそれだけのこと、と思うかもしれないけれど、言えない。

わたしは「マイペースなひと」として通っていた。そんなわたしが、そんなセンシティブなことで悩んでいるなんて知られたくなかった。だけど全然、「マイペースなひと」なんかじゃない。自己と他己。そのギャップに苦しめられる生活が始まった。

辛かった。遊びに誘われてもご飯が怖くていけない。どんどん内に籠るようになっていった。読書、読書、読書。わたしを救うのは本だけだ。

それから音楽。ひたすらに耳を塞いだ。聞きたくない現実の喧騒なんて、ロックンロールでかき消してしまえ。

現実逃避

私は私の存在を一度忘れて、再び思い出した。思い出した形を保ったまま、明日を生きていく。本は私を救う。だから本を読む。好きだから本を読む。それしかないから、それしかなくて、本を読む。コンビニの店員、道行くひと、隣の家の住人の声、どれも私のこころに突き刺さる。健康って羨ましい。このすれ違うひとたちの中に、同じ症状のひとが何人いる?羨ましい。イヤフォンで耳を塞ぐ、活字で思考を塞ぐ。だれにも分からないきもちでわたしはここにいる。わたしのきもちはだれにもわからない。友だちを疑う彼女らのきもちをわたしはわからない。なにもない。なにもない。大きな渦の中にのみ込まれるように。

のみ込まれないように。

ゴタゴタ何もかも捨てて、自分を脱ぎ捨てるように。

浴びるようにという表現は誰が考えたのか

私は記憶を洗い流す。

呑んで呑んで呑んでのまれないように、誰にものまれないように。私が私でいられるように。

きっとわからなかっただろう幼い日。こんなおとなになるなんて。

きっと誰にもわからなかっただろう。

だから読む。

精神科へ

現在もこの症状に悩まされている。大学生になってから、精神科に通うようになり、頓服を処方されて、だいぶマシになった。だけど、「マシ」になっただけなのだ。

そして、お酒があれば少しは食べられる。お酒と安定剤のちゃんぽん。よくないことは分かってる。

わたしは一生、友だちとご飯は食べられないのかしら。家族と旅行に行っても、食べられないのかしら。わたしはおばあちゃんを旅行に連れて行ってあげたいのだけど、ご飯が怖くてダメなのだ。それに、恋愛って出来るのかしら。結婚なんかしたら、わたしは毎日そのひととご飯を食べられるのかしら。そのひととオシャレなお店にいけるのかしら。コース料理は?もしお相手のご両親と顔を合わせる日がきたら?言えない。やっぱり言えない。精神疾患持ちの嫁なんて、いいイメージがないじゃない。

心置き無く遊びに行ける日は来るのかしら。

憎い。やっぱり、あの子たちが憎い。なんにも知らずに、のうのうと。好きなものを好きなだけ食べてるあいつらが憎い。いまでも、憎い。顔も見たくない。声も聞きたくない。許さない。

きえてしまえ。

泥棒

わたしの健康を、わたしから奪った。泥棒。おまえらが泥棒じゃないか。健康泥棒。健康泥棒。健康泥棒。返せ。健康を、返せ。健康で文化的な最低限度の生活を、返せ。返せ。

返せないなら、きえろ。

わたしのまえからきえろ。二度とあらわれるな。

わたしから憎まれる覚悟を持て。

永遠に許さない。

そう思うことで、わたしは自分を保っている。

エッセイ

このエッセイを書くのは、ある種の挑戦。というか、わたしの持てる限りの勇気を出して。だれかに読まれるもの。わたしはプロフィールに名前も顔も出している。すべてをさらけだすつもりで書いている。だから逃げない。もう逃げない。

でも勇気がない、直接伝える勇気が。だから読んでください。知ってください。

読んで欲しい。

この世のすべての会食恐怖症のひとへ。

この世のすべての精神疾患へ偏見のあるひとへ。

わたしはふつうの人間です。すこしご飯を食べるのが苦手なだけ。本を読むのが苦手なひとがいるように、閉所恐怖症のひとがいるように、採血が苦手なひとがいるように、ご飯を食べるのが苦手なだけ。

頭がおかしいと思わないで。わたしはこの世の偏見から精神疾患を持つひとを守りたい。伸ばされた手を握りたい。だからわたしの弱みを、まずはさらします。さらしました。

そしていつかどこかで出会う貴方へ。

ほんのちょっとわかってください。あのとき空を掻いた手を、握ってください。離さないでください。裏切らないでください。

そうしたらわたしは、貴方に何があっても雷が鳴っても突風がふいても、世界が終わるその日まで、決してその手を離さない、裏切らない。

ひとを信じるという、この世に愛だの恋だのが、あるという、一度も見たことのない景色を、見させてください。見てみたい。

辛すぎる現実から逃げるにはそれしか。それしか。だからそれまでどうか。

どこかの貴方へ。友だちへ。

周りにご飯を食べない友人がいるひとへ。

ほんのちょっとわかってください。

会食恐怖症のひとへ。

あまり頑張らないで。わたしがいます。ひとりきりだと思わないで。大丈夫、ここにいます。逃げない。わたしは受け止めます。支えあおう。だいじょうぶ。

今日ここでわたしは、こころを。

手を握る。

小野寺美緒

1月生まれ。本が好き、映画を観る要領で頭に文字を流す。 わたしのような、みっともないおとなでも生きていけるんだ、と思ってほしいと、頭の中のマーブル模様を文字...

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