話を聞かない毒親から離れる方法、教えてください…

オンナの叫び

ずっと言えなかった。時代も人も違うのに、両親と私の意見が同じだと思っている親に「そうやね」と同意しかしてこなかったから。そもそも親は私の意見は聞いていない。

いつだって、私が「うん」としか答えないと思っているみたいだ。まだ、父には意見を伝えることができた。その代わり落ち込むけれど、ちゃんと聞いてくれている感じがあるから。でも、母は話さえ、ちゃんと聞いてくれない。

ただ、母に話を聞いてほしかった

自分がいちばん大事なようで、「今日、学校でテストが〜」など

私が話そうとすると

「そうそう。お母さんも小さい頃、学校のテストは苦手やったわ。そんで、スポーツの方が得意で、ソフトボールでなかなか上位まで進んでんで」

と母の自慢話にすり替えてくる。

もちろん私は、そんな話がしたいんじゃないけど、「うんうん」と聞いていると

「いつまでそこにおるん?早よ勉強しぃや!」と言ってくる。そんな母親だった。

私の進路も勝手に決める。というか、私には自分の人生の決定権がなかったに等しい。

だからと言って、「それは嫌だ」と伝えても自分で決める経験がなかったから、人より多く悩んでしまう。

数秒すると、母がしびれを切らして

「じゃあどうしたいの?」と急かしてくる。

だから、しょうがなく「〇〇がしたい」と母の案を口にした。そんな繰り返し。

それは大人になっても続いて、不登校になっても気が付かない。家ではご飯を食べるときだけリビングに行っていた。十九歳ぐらいの時は、ご飯を食べるときの短い時間でも、家族との会話がつらい。家にいる間は自分の部屋に引きこもっていて、ご飯は深夜二時ぐらいに冷蔵庫をあさって適当に食べていた。

決めた。親から離れて自立をする

親に「否定されるのが嫌だった」と言ってみたことがある。

全然、伝わらなかった。毒親には意見を伝えてみても、分かってくれないから毒親なんだなと諦めが付いた。「自分自身の親が私にとって毒になっている」ということだけ。精神科に連れて行って、一緒に説明を聞いてもらっても無理で、これだけ私が伝えようとしたのに無理なら……という親を捨てる決意ができた。 

着々と、一人暮らしを始める計画を進めている。まだ家も仕事も決まってない。でも、わたし、絶対に、自立する。暴力だと思っていたものは、親の愛でした。不器用な人たちなのだと思う。

だけどね、いくら殴られたって、勉強しなさいと言われたって、物だけプレゼントされたって、学費だけ払ってもらったって、娘のわたしには、それが愛情だと分からなかった。

むしろ、この23歳になるまで、親にも愛されない子なんだと、そう感じていた。

日本人は「愛してるよ」なんて言う習慣はないかもしれない。だったら、誕生日ぐらい手紙のひとつをくれても良かったんじゃないの?

どこまでも不器用な人たち。

親も、ただの人だって知ってるけれど、娘だって、感情がある人なんだよ。

もしかしたら、わたしにとっては近すぎるのかもしれない。離れて暮らしてやっと、親のありがみが分かるのかもしれない。

でもさ、このままだったら、きっと、「ありがとう」より「やっと自由になれたー!」の方が勝ってしまうよ。絶対そうだよ。

後悔しない未来のために

わたしが後悔しないためにいま何をするべきか、考えている。

何事も、遅すぎることはないんだよ。死んじゃったら何にも生きている人に伝えられないんだから、わたしみたいに霊感が強くない限りは。いまのうちに、今更でも、きっと。

書いた人 杉本しほ

1997年、兵庫県明石市生まれ|大阪在住|元不登校|note初投稿エッセイ『不登校だった私の話』700スキ超|10年前からブロガー|平日は就労継続支援A型コ...

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