飲み会大嫌いな私が、飲み会大好きおっさんの前で微妙に抗ってみた

オンナの叫び

緊急事態宣言下で「飲み会」に集まる人々の共通点

1回目の緊急事態宣言が発令された、2020年4月7日。

コロナ感染予防に対する情報や、症状の例も少なく、誰もが混乱していた頃。

その闇の中で私は、一筋の光を見出した。

「これで、面倒くさい飲み会に参加しなくて済む!」

安心したのは、私だけじゃないはずだ。

自粛期間は、あの面倒くさい飲み会を断る免罪符になるはずだった。

それにも関わらず、世の中には飲み会が好きで好きで、集まることを我慢できない人もいるのだから驚いてしまった。

「人気Youtuber31人 緊急事態宣言下で泥酔事件」

なぜ、彼らの集まりは実現したのか?

それは「周りの意見に流されたから」もしくは

「何も考えていなかったから」じゃないだろうか。

この中に一人でも、反論する人がいれば、「集まるのやめようか」と、目を覚ますきっかけになったんじゃないだろうか?

Youtuberという特殊な仕事をしている職人たちが、どうして「同じ考え方」に偏ってしまったんだろう?もしかしたら「数字を持つ人に従うのが正しい」という、暗黙のルールに引っ張られたのかもしれない。

同じ考えを持つ人同士で集まっていては、新しい企画は生まれないのでは?

むしろ、周りに一人「嫌な役目」を配置してみてはどうだろう。

自粛期間に入るずっと前、私は大嫌いな飲み会で「飲み会大好きおっさん」と同席したことで、学ぶことが多かった。これを、世の中の人にぜひ伝えたい。

テレビ業界「飲み会大好きおっさん」の立ち回り術

平成が終わる頃になってもなお、テレビ業界は「バブル時代」の感覚で生きている人が多く残っていた。特に収録やロケなど「大仕事が終わった後」の飲み会はド派手だった。

その宴を取り仕切っていたのが、「飲み会大好きおっさん」。この上司と席を共にしたことで、私が学んだのは「上手い飲み方」があるということだ。

その上司は「俺が酔っぱらったらよろしくね」と、飲む前から私に後処理を託す人だった。上司の世話を引き受けたからには「この宴をなんとか終わらせなければ」と、必死に使命を果たそうとする。結果的に、どんちゃん騒ぎの中でも空気に飲まれるのではなく「このままではよくない」「終わらせよう」と冷静に判断することができた。

他にも、「俺は何時に帰るから」と周りに宣言している上司もいた。予告していた時間が近づくと、本人が言わなくても周りが「時間、大丈夫ですか?」と心配してくれる。このように、自制する方法はいくらでもある。

さて、例の「飲み会大好きおっさん」。

散々飲んで食べた翌朝、どんな姿で現れるか、想像がつくだろうか?

なんと、何事も無かったかのようにシャキッと澄ました顔でスーツを着て仕事に戻るのだ。前夜の地獄絵図が嘘のよう。

この切替があってこそ、テレビ業界で長年働いていける力が身に着いたのだと勉強になった。

その点、Youtuberたちは急に知名度が上がった一般人に過ぎない。

炎上した時、真っ先に浮かぶのは「未来のキャリア」ではなく「今の好感度」じゃないだろうか。今回の騒動で「背負っている物の重さが違う」と感じた。

「おっさんにハッキリ言いたい」

ド派手な飲み会に参加するたび「おっさんたち」は苦労話や武勇伝を語ったり、無茶な飲み食いを強要したり、セクハラをしてきたり。私は毎回、嫌な想いを味わわなければならなかった。

この負の連鎖を断ち切るにはどうすればいいか、何度も考えた。でも「飲み会を断ったら仕事が減るかもしれない」「上司との関係が壊れるかもしれない」と、不安が頭をよぎった。

でもそもそも、そんな心配はおかしいのだ。私は一生この業界にいたい。ここで自分の主張が通らなければ、未来に私の姿はない。

「おっさん」が反面教師になったことで、強くなれた。飲み会で嫌な気分を味わったら、遠慮なく「セクハラですよ!」と騒いで、周りを巻き込んでつるし上げて暴れた。飲み会に行きたくない日は「今日は仕事があるから参加できません!」と断った。ここまで言えるようになったのは、仕事を通じて実績を積み上げ、結果を残してきた自負があるからだ。

周りに流されていては、成長できない。本当にやりたい仕事を続けたければ、嫌な相手に立ち向かうことを、恐れないことだ。

世間から「Bad評価」を受けてこそ成長できるはず

Youtuberという村の中では、視聴者が下す評価で「Good」と「Bad」の数が決まる。彼らの中には、「Good」ばかりに目を向けず「Badも一つのView」と前向きにとらえる人もいる。「Bad」にさえも「ありがとう」を言うYoutuberだっている。

でもそれは、彼らの意見を受け入れてくれる「支持母体」の中に身を置いているからこそ、できる発言じゃないだろうか。

本当の「Bad」はそんなもんじゃない。想像していた以上の、思いもよらない人々から裁かれることで、間違いに気づくはずだ。

自分の未熟さを味わって、心がえぐられる。

でも、今ここで裁かれなければ「間違った方向」に突っ走ったままだったかもしれないのだ。

彼らは動画の出演者であり、編集作業を行う裏方でもある。動画の中でよく「好きな仕事をする以上、嫌な仕事もしなければならない」と、Youtuberの苦労を語っているが、私は好きな仕事を続ける以上、嫌な人とも付き合っていかなければ成長はないと言いたい。

明日の保身より、5年・10年先の自分を想像しなければ。

そんなことを教えてくれるのは、数字を持っている先輩Youtuberよりも、案外その辺にいる「嫌なおっさん」なのかもしれない。

書いた人 本間恵理

新潟県出身。東放学園専門学校卒業。学生時代にラジオの放送作家を経験した後、テレビの放送作家の事務所に就職。リサーチャーとして独立後、2020年7月、女性だけ...

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