「教室」という世界の中心になるために、声のでかいあの子の給食に、体液を混ぜた。

オンナの叫び

わたしは小学六年生の頃、独りになった。

ひたすらに本を読み、誰からも話しかけられず、そんな自分を放っておく周りを憎んでいた。

わたしと正反対の存在

そんな中で、クラスの中でひときわ声のでかいおんなの子がいた。声のでかい、とは、そのままの意味と、それから自己主張が激しい、という意味。

そして、その子のことは、いつも同じタイプの、声のでかい、だけれど、決してその子の意見を否定することない、金魚のフンのようなおんなの子たちが囲っていた。

羨ましかった。独りで本を読んでいるわたしとは正反対の存在。

本来ならわたしがあの位置にいるはずなのに。わたしを中心に世界は廻るはずなのに、どうしてわたしは独りで、誰も寄ってこないのだろう。近付いてくる子は、どこかのグループから溢れた子、ばかり。仲間はずれにされた子の、避難所のような扱い。このわたしが、そんな扱いでいいはずがない。憎い。憎い。憎い。憎い。

羨ましい。

机の中を漁った、交換日記をしていると知った

そんな気持ちを抱えたまま、ある日の放課後、忘れものをしたわたしは、帰り道から引き返し、学校に戻った。当然、校舎の中には生徒はおらず、教室にも誰もいなかった。

忘れものを取り、教室から出ようとしたとき。

その子の、声のでかい女の子の机が目に入った。

机の中からはみ出した、ぐちゃぐちゃのプリント。汚い。こんなガサツな性格のやつの、なにが人気なんだ。

気がつくと、その子の机を漁っていた。プリント類を確認し、出来の悪いテストの点数を鼻で笑い、ひとつのノートを見つけた。そこには、その子とその金魚のフンたち、三人の名前が書いてあった。

心臓が、グッと鳴った。

それは、その子たちの交換日記だった。当時流行っていたのだ。

わたしは中身を見た。誰が誰をすきだ、誰々は服がダサい、親がウザイ。どうだっていい、くだらないことがダラダラダラダラと、汚い字で書かれていた。

そして、その子のページ。そこには、わたしの悪口が書いてあった。「美緒、またひとりで本読んでた。あいつ生意気だったもん、ざまあみろだよねワラ」

その瞬間、わたしの中の、なにかが弾けた。

それは間違いなく、快感、だった。

悪口を言われている。わたしが、このわたしが、悪口を。ざまあみろと言われている。なんて可哀想なの、なんて惨めなの、わたし。可哀想で、すごく気持ちいい。

そして、わたしはその交換日記と、教室にあるセロハンテープとマッキーペンを持ち、手洗い場へ向かった。

その子が、「ざまあみろだよねワラ」と書いてあるページを開き、わたしの名前と「ざまあみろ」の箇所にマッキーペンで丸を付けて強調し、手洗い場の壁に、貼り付けた。

翌日、学校へ行くと、いつもより教室が騒がしかった。その子の、ありえないんだけど!という、あのガラガラ声が聞こえた。

ああ、騒ぎになっている。気持ちいい。そう思いながら教室へ入ると、一気にそこにいた全員の目がこちらに向いた。

わたしは「お前何様だよ」と言われ、独りになった。だから、注目されることが怖かった。

教室中の白い目を全身に浴び、緊張で血の気が引いている状態で、だけれど少し興奮した状態で、自分の席へ向かった。わたしが歩いているあいだじゅう、教室はシンとしていた。

#もちろん、否定したが、問い詰められ、快感だった。

席に着くと、その子がやってきた。

ガラガラした声で、「交換日記、やったの美緒でしょ」目の前で、見下ろすかたちで立ったその子はそう言った。みんなが、聞き耳を立てているのがわかった。ああ、注目を浴びている。気持ちいい。気持ちいい。もっと見て。見ないで。見て。

わたしは、知らないよ、と答えた。笑顔になってしまいそうになるのを、必死で堪えた。見られている。気持ちいい。

「嘘つくんじゃねえよ。絶対証拠見つけてやるからな」そう言い、その子はわたしの机を蹴って、離れていった。みんな、白けたように、それぞれの会話に戻っていった。

行かないで。そう思った。机をもう一度蹴ってもいい、わたしを見て。

だけど、そこから、わたしを見る者はやはりいなかった。

わたしはその子と一体になりたいと思った。

ゲラゲラと笑う声。なにがそんなに面白いんだ。笑い方が下品だ。そう思いながら、それでも注目を浴びているその子を、毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日、羨ましく、憎く、羨ましく、見ていた。

あの子になりたい。

そう、思った。

その子は、顔は可愛くないし、スタイルも別に良くない。色黒だし、一重だし、羨ましい部分などひとつも無い、と言いたいところだけど、「注目を浴びている」その一点において、他を抜きんでていた。

わたしは「見られたかった」

「世界の中心」でいたかった。

そしてその子は教室という「世界」の、中心にいた。

唾液を出し、自分の指を傷つけ、給食に混ぜた。

わたしはその週、給食当番だった。給食当番は、給食をよそう係、それを配る係、と役割が分担されていた。わたしはその日配る係だった。その子の元に、ほかの配る係の子が持っていっていないのを確認すると、こっそりと廊下に出て、唾液を口に溜めた。

そして、それをスープに混ぜた。

何食わぬ顔で教室に戻り、その子の元へ運ぶ。その子は、チラッとこちらを見ただけで、班の仲間との会話に戻って行った。

給食を配り終わり、全員が座ると、必ず、「給食当番のみなさんありがとうございました。給食を作ってくれたひとに感謝します、食べ物に感謝します、いただきます」と言う。

言い終わり、みんなが給食にがっつき始める中、わたしはこっそりその子を見た。その子は何事か、ガラガラ声でゲラゲラ笑いながらパンを食べていた。

早く、早く。気付くな。早く。

そう思いながら、わたしはその子が給食を食べ進めるのを見ていた。

そして。

その子はスープを飲んだ。

気付くか?一瞬、そう思ったけれど、スープを飲みながら、その子はまたしても何か言い、ゲラゲラと笑った。

ホッとした。そして、それと同時に、とても嬉しくなった。ひとつになった。そう思った。

快感。快感。快感。快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感、あぁ気持ちいい。

それから、何度かおなじことをした。時には、自分の指を傷つけ、血を混ぜたこともある。

わたしの血を飲む声のでかいあの子。なんて気持ちがいいのだろう。

何度やっても、その子や、先生すらもわたしのしたことに気付かなかった。

気持ちよかった。その子とひとつになれた快感。わたしがある種の「事件」を起こしている快感。気付いていないけれど、あなたはわたしの体液を、その身体に、取り込んでいるんだよ。わたしの成分が、その子の中で廻ることの快感。その子が喋れば、わたしの体液も喋る。その子が笑えばわたしの体液も笑う。その子が教室の中心人物ならば、わたしの体液も中心にいる。

取り戻した。

わたしは中心の座を取り戻した。世界はわたしを中心に廻っている。廻れ。もっと廻れ。

そんなある日事件が起きた。

しばらく、わたしはその子と一体である快感に浸っていた。

しかし、ある朝、登校すると、教室の雰囲気がいつもと違った。

あのガラガラした、汚い声が聞こえて来なかった。

何があったのかわからない。

だけどその子は、金魚のフンたちから、仲間はずれにされていた。これみよがしに、悪口を言われていたのだ。

困る。

そう思った。

あなたが中心でいてくれないと、困る。金魚のフンたちを、全力で睨んだが、その目がわたしを映すことは無かった。

そして、その子はわたしの元へ来た。

「美緒、一緒にトイレ行こう」

ガラガラ声で、そう言った。

わたしは断った。中心にいない、お前なんかに用はない。せっかく、わたしが快感を得られる存在に仕立て上げてやったのに。勝手に失墜しやがって。

さっさとこの世から消えればいいのに。

歪んだかたちの

今思うと、あれは一種のオナニーだったのではないかと思う。歪んだかたちの自慰行為。だってあんなにも気持ちよかった。快感だった。

「愛される」気持ちよさを知らなかったわたしは、幸せそうな誰かと一体になることで、「愛され」の疑似体験をし、そして強すぎる自己顕示欲を満たし、自分を慰める行為をしていたのだと思う。

いまは反省している。ほとんど、犯罪者のような行為だ。

だけど、あの頃はそれが気持ちよくて気持ちよくて、仕方がなかった。やめられなかった。もっともっともっと快感を。

あの子が失墜しなければ、わたしの行為は、もっとヒートアップしていたかもしれない。

それほどに、気持ちが良かった。

小野寺美緒

1月生まれ。本が好き、映画を観る要領で頭に文字を流す。 わたしのような、みっともないおとなでも生きていけるんだ、と思ってほしいと、頭の中のマーブル模様を文字...

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