ほかの男と寝る母。わたしが家出したあの日、わたしを探しに来たのは知らない男だった。

オンナの叫び

母親はよく、わたしを怒鳴った。何か悪いことをしたからではない。“母親にとって気に食わないことをした”から、怒鳴った。もちろんそこには暴力も伴った。そして最終的には、服を乱暴に掴まれ、「出ていけ」と、裸足のまま、外に放り出された。

出ていけと言われた、初めての反抗をした

あの夏の日も、そうだった。小学五年生。もはや怒鳴られすぎて、なにが原因だったのか覚えていないけれど、散々暴力をふるわれたあと、「出ていけ」と玄関の外に突き飛ばされた。

そのとき、わたしは猛烈に腹が立った。普段は泣きながら許しを乞うところを、ほんとうに出ていってやろうと思った。玄関の外に置いてある自転車には、鍵が刺さったままになっていた。

自転車に乗り、裸足で道路を滑らす。どこへ行こう。どこで暮らそう。そのときのわたしの頭の中に、“あの家に帰る”という選択肢は、無かった。

なんだか少しワクワクした。母親は、わたしを家から追い出すことで、わたしが許しを乞うことを望んでいる。それに逆らう、なんともいえない背徳感。わたしは自由だ。自由になるんだ。そう思いながら、自転車を漕いだ。

遠くに行くという発想が無かったわたしは、公園へ向い、見つけてもらえないかもしれない不安に怯えた

けれど、わたしは当時、遠出をすることを禁じられていた。許されていたのは、せいぜい、家から10分ほどの場所にある公園。だから、家出をしたところで、行く場所など思いつかなかった。

“ひとりでも遠くに行ける”という発想自体が無かったのだ。

だから、公園で時間を潰した。草葉の陰に隠れた、ひっそりとしたベンチに座り、結局わたしはどこへ行けば良いのだろう、と、途方に暮れた。さっきまでの、自由だ、という気持ちは、萎れていってしまっていた。

夕方、18:30を知らせるチャイムが鳴り(わたしが小学生の頃、夏は18:30まで遊べたのだ)、いよいよ、どうしよう、と思った。

“チャイムが鳴ったら家に帰らなければならない”

これはどの子にも共通するルールだった。だけどわたしは家出中だ。家出中は、ルールを守らなくても良いのだろうか?わたしは悩んだ。そしてふと気が付いた。なぜ、母親は探しに来ないのだろう。いつもの公園にわたしはいるのに、なぜいつまでも見つからないのだろう。

もしかしたら、本気で見捨てられたのかもしれない。

そう思うと、少しだけ怖くなり、家の近くを自転車でぐるぐると回った。家出をしている体を守りながら、その姿で母親に見つけてもらえるように。

あらわれたのは、望んだ母親ではなく、見知らぬ男だった

ぐるぐるぐるぐる、壊れた時計の針のように同じ場所を回り続けていたわたしの横に、不意に車が止まった。なんだろう、と思い、わたしも自転車を止めると、車の窓が開きにやにやと笑いながら「Aに心配かけたらだめじゃん、美緒〜」と言われた。

知らない男だった。なぜわたしの名前を知っているのか、なぜ母親の名前を知っているのか、このおじさんは誰なのか、わけがわからず、怖くなりいそいで自転車を漕いだ。車の通れない道に入り、もう大丈夫、と自転車から降り、振り返ったらその男が、後ろに立っていた。そして、「美緒」とわたしの名前を呼んだ。近づいてくる、と思い、自転車にまたがる時間は無いと判断し、一気に駆け出した。けれど相手はおとなの男のひと。小学五年生のわたしが、脚力で勝てるはずもなく、すぐに捕まった。その男はわたしを抱きしめるようにして離さなかった。

そして携帯を取り出し、「A、いま裏側で見つけたよ」と、母親に電話を掛けた。裏側とは、わたしの家の裏のことだ。

数分、体感的には数十分、その男に抱きしめられたまま、わたしは母親が来るのを待った。

母親は小走りで近付いてくると、男に何事かを告げ、わたしの顔を見た。

「自転車、持ってあげる。帰るよ」

そう言って、歩き出した。

そして家までの数分の間に、「さっきのひとのことは、お父さんに内緒にしてね」と言った。

もちろん、言えるわけがないと思った。あの頃、父と母親は毎日のように喧嘩をしていた。父が母親に「携帯を見せろ」と言っている場面を見ていたのだ。だから、子ども心に、あの男と母親の関係は、父との喧嘩の原因になっている、良くないものなのだろうと感じていた。

わたしの機嫌取りに徹する母。吐き気がした。

その日の夜の母親は、気持ちが悪いほどにニコニコとわたしに接した。わたしが小学生のあの頃、父は仕事がいそがしく、夜ご飯を共にすることはほとんど無かった。だから父のいない日の夜ご飯はいつも、1000円渡され、母親と妹と自分のお弁当をコンビニに買いに行く生活を送っていたのに、母親はその日料理をした。「デザートも作ったよ」ニコニコ笑いながら、そういった。わたしはそんな母親も、母親の手料理も、ニコニコした顔から連想されるあの男のニヤニヤとした「美緒〜」という声も、すべてが気持ち悪かった。

けれど、なにも知らない妹は、すごく喜んだ。「デザートまである!」そう喜んでいる妹だけは、なにも知らぬままにしなければならない、傷つかないようにわたしがこの子を守らねばならない。わたしがあの男のことを隠し通せば、なんだかわからないけれど“最悪なこと”は免れるのだろう。そう思った。

吐き気を堪えながら、美味しい、と笑い、デザートを食べた。

それから数日は母親はわたしに怒鳴らなかった。けれど、やっぱり元通りの怒鳴られる生活が戻ってきた。

いまでも、ほかの男と寝る母親。気付いてないと思ってる?

おとなになったいま、わたしは母親と対等に言い合いをする。母親もあの頃のように激しくなく、丸くなった。

けれど、わたしは知っている。あのとき迎えに来た男ではない、別の男と、母親は関係を持っている。偽名を使って。たまたま見えてしまったのだ。「a子、愛してるよ」という、男からのLINE。

どうして、うちの母親はわたしたち家族だけでは満足できないのだろう。そんなにほかの男とセックスがしたいのだろうか。

わたしの母親への気持ちは、心に空いた穴から零れ落ちて消えた。

わたしは、現実で“お母さん”と呼ぶことはない。「ねえ」や「あのさ」と、声をかける。心が抵抗して、“お母さん”とは、間違っても呼べないのだ。あの夏の日、母親への気持ちは心から零れ落ちてしまった。“お母さん”と呼ぼうとすると、吐き気がする。

けれど、せめて文章の中だけでも“母親”ではなく、“お母さん”と表記できる、そういう存在が欲しかった。

わたしは、“お母さん”が欲しい、ただそれだけなのに、母親の目がほんとうの意味でわたしを見ることはない。

そして、わたしにも母親を“お母さん”と思える日は来ない、母親を心から信頼する日は、二度と来ない。

一度零れ落ちてしまった感情という珠は、そこに穴が空いている限り、二度と拾うことは出来ないのだ。

小野寺美緒

1月生まれ。本が好き、映画を観る要領で頭に文字を流す。 わたしのような、みっともないおとなでも生きていけるんだ、と思ってほしいと、頭の中のマーブル模様を文字...

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