私がオジサン好きを卒業した話。

オンナの叫び

数年前まで、わたしは「オジサン好き」を公言していた。
歳を重ねた男性特有の渋い感じとか、大人の余裕とか、金銭的なゆとりとか、そういったものに惹かれていたのだと思う。

あの時の思い出

実際に、50代のオジサンと交際、というか、まあ仲良くさせてもらっていた時期もあった。
そのひとには奥さんも子供もいたから、わたしはいわゆる愛人ってやつだ。
そのひとは小さいながらも会社を経営していたから、そのへんのオジサンたちよりは経済的にゆとりがあった。
だから愛人であるわたしには、たくさん贅沢をさせてくれた。
河豚が食べてみたいと言えば食べさせてくれたし、ティファニーのネックレスをプレゼントされたことだってあった。

ひとのお金で贅沢をするというのは気持ちいいもので、わたしはオジサンが与えてくれる贅沢を思い切り満喫したし、オジサンもわたしのことが可愛くて可愛くて仕方がないといった感じだった。
その頃はもう、オジサンサイコー!って感じだった。

だけどオジサンとの交際が1年くらい続いてから、わたしに本命の彼氏ができて、オジサンとは自然と連絡を取らなくなった。
わたしはオジサンに対して愛情があったわけではなかったから、特に寂しいと思うこともなく時は流れて。

だけどしばらくして、またオジサンから連絡が来た。美味しい中華料理を食べさせてくれるという。
わたしは特に何も考えずに了承したのだけれど、待ち合わせ場所に現れたオジサンを見て、「えっ、どうしたんですか!?」と思わず声を上げてしまった。オジサンが、ガリガリに痩せ細っていたからだ。

病気にでもなったんだろうか……とハラハラしていると、オジサンはひとこと「失恋したからな」とだけ言った。

要はわたしに本命の彼氏ができて、オジサンはそのショックで痩せ細ってしまったらしい。

ええ、まじか……と思うのと同時に、わたしのなかのオジサン熱が急激に冷めた。
当時まだハタチそこそこの、小娘だったわたし。
そんな小娘に恋人ができたショックで痩せ細ってしまうオジサン。

余裕なさすぎやん。

そう思うと冷めた。

オジサンを勘違いしていた

当たり前のことだけれど、オジサン=余裕がある、というわけではないのだ。落ち着きのある20代もいれば、いつまでもガキ臭い50代だっている。現にわたしの夫はまだ20代だけれど、そのへんの50代のオジサンよりも落ち着いていると思う。

歳を重ねているからといって、みんながみんなそれに伴った落ち着きをもっているわけではない。

そう理解した途端、オジサン熱は一気に冷めてしまった。

そもそも、わたしは大きな勘違いをしていたのだ。わたしが好きなオジサンは竹野内豊であり、渡部篤郎であり、三浦友和であって、そのへんのオジサンに愛情があるわけではない。
それに気がついてからというもの、たとえばお酒の席なんかで「わたしオジサンが好きなんですよね~」と言うと「え、じゃあ俺にもチャンスあるってこと?」と食いついてくるオジサンに嫌悪感を覚えるようになり、いつからかオジサン好きを公言するのをやめた。

オジサン好きを卒業したのだ。

今でも、わたしの周りにはオジサン好きを公言している友達が何人かいる。

いやいや、ちょっと待ってよと言いたい。

落ち着きのある20代と、年を食っただけでいつまでも落ち着きのない50代はどっちがいいか。
世の「オジサン好き」を公言している女性たちには、いま1度冷静になって考えてみてほしい。

書いた人 静紅

"1996年生まれ、大阪在住の文筆家。 小学生の頃から執筆活動を始め、現在はフリーライターとしても活動中。 メインテーマである「官能と恋」のみにとどまらず、...

プロフィール

ピックアップ記事

関連記事一覧