ルッキズムの呪縛のせいで、美しく生きられないなら死にたくなっている

ファッション・美容

「かわいい」に対して、どう答えるのが正解だろう。

「ありがとう」と言っても「あいつ自分のこと可愛いと思ってるなんて」だし、
「そんなことないよ」と言っても「絶対思ってないくせに」だし、褒められてもなにも答えず愛想笑いをしてスルーすることにしていた。 

だって、同じ労力を使いたくないじゃない。

褒め言葉であっても、他人に見た目を評価されたくない!

藤井美穂さんの、『かがみよかがみ』の「醜形恐怖症や摂食障害にさせるリスクを負ってまで、その一言を伝えたいですか?」をシェアしたら、いつも1桁しかいいねつかない私のTwitterに95いいねも付いた。

https://twitter.com/sugimotoshihono/status/1292635960635584515?s=21

これには驚いた。

いくら有名人のTwitterを引用リツイートしても数が多いから、反応されること自体少ないから。

「知らない人に勝手に評価されたくない」「誰の目も気にせず、好きな服が着たい」そういう願いは叶わないのだろうか。

なぜ人のことを、わざわざ評価するのだろう。

ていうか、自分が芸能人でもない道端の人たちを可愛いだとか可愛くないだとか、ブスだとか、おかしいとか、口に出して本人に聞こえるように言うぐらいの権利があるか真剣佑ぐらいの顔をしていると思っているのか。

私は仮に真剣佑に顔を評価されても何とも思わない。

むしろ嬉しい。坂口健太郎も然り。
それは、それほど不快にならない程度、自分とかけ離れた存在だから許せるのである。
そうじゃなかったら、私が顔を商売にしている芸能人じゃない限り言われたくない。

その言われない権利ぐらい法律であっても良いとさえ思う。

私が最大限、美しく生きられないなら死にたい

大体からして、私がオシャレをしたり自分に似合ったメイクをしたりするのは、完全に自分のためであって道端にいる知らない誰かのためじゃない。

好きな服、自分が最高に美しく見える服やメイクをすると一日それだけで、楽しく過ごせるものだ。
生きるモチベが上がる。

朝起きた瞬間、私は歯磨きで鏡を見るときに絶望する。

「ああ今日もこの顔か」と。
起きたら橋本環奈かそれに近い顔面になってますようにと思いながら眠っているのに、である。

もう最大限、私が美しく生きられないなら死にたいよ。

女の子に生まれた瞬間、ミスコンのステージに立たされている気分

街を歩けば「かわいい」や「ブス」や「普通にかわいい」を、知らない人に言われることは日常茶飯事。

電車に乗れば「この夏は脱毛しないと嫌な目に合うかも〜?!😥」、
YouTubeを開けば「太ってるせいで散々な目に遭っちゃった〜!😱でも、大丈夫!今なら500円で1日に5kg痩せるサプリが買えるから!」
という広告が嫌でも目に入る。

そんなに不安を煽られるほど、私の生まれ持った顔は醜いのか?

中には「そうやって評価されるうちが華だよ」とか、言われるけれど、その鬱陶しい真っ最中に言われたって何の慰めにもならない。

あーあ、どうしたらルッキズムの呪縛から抜け出せるのだろう。

誰か教えて。

杉本しほ

あなたの感情を刺すエッセイスト 1997年、兵庫県明石市生まれ|大阪在住|元不登校|note初投稿エッセイ『不登校だった私の話』700スキ超|10年前からブ...

プロフィール

ピックアップ記事

関連記事一覧