小学校で契約した「さん付けルール」はいつ解約するべきか

オンナの叫び

小学校での「さん付け義務化」が話題になった。ここまで細々した学校単位の問題が全国ニュースになるのか、と報道番組を見ていて関心する。同時に、自分がずっと避けていた話題がこうしてニュースに取り上げられたことで、一度心を開いて向き合ってみよう、と思った。

 

小学校に上がった途端、強要されて戸惑った

私は1988年、昭和最後の年に生まれた「ゆとり世代」。新潟の小さな田舎町で育ったので、保育園で一緒だったメンバーは高校に上がるまでほぼ同じ顔ぶれ。転校したり転入したり入れ替わりもあったが、保育園からのオリジナルメンバー全員の名前を憶えている。それだけでなく、同級生の家族兄弟構成、家の間取りまでだいたい記憶している。それほど、田舎の同級生は「密」だ。

保育園の時は「ちゃん付け」や「呼び捨て」で呼んでいた同級生たち。しかしピカピカの小学1年生になった途端「さん付け」を強要され戸惑った。

「なんで男子にも“さん”なの?」、「“さん”まで付けたら、呼ぶときに長くない?」と、納得いかないことだらけだった。

 

納得しないまま「さん付け契約」に判を押した

果たしてこれは義務なのか?先生の気を引こうと、わざと同級生をあだ名や呼び捨てで呼んでみると、やはり「さん付け」に言い直すよう注意された。もう面倒くさいから小学校はこれで通そう、と6年間「さん付け契約」を守り通した。当時、よく帰り道で一緒になった男子タカシがいた。もちろん、「タカシさん」とさん付け。帰り道、ふざけあって遊んで、寄り道をして、毎日違うルートで家路についた。私の自転車が動かなくなった時、「タカシさん」は一緒に自転車を引いて修理に付き添ってくれた。お互いのいいところも悪いところも見てきた幼馴染だ。でも学年が上がるにつれて、一緒に帰る回数が減って行った。このあたりから「さん付け」の壁がより際立っていったように思う。「タカシさん」じゃなかったら、男女の壁をとっぱらってずっと仲良くいられたかもしれない。一方で、思春期を迎えて彼に接する際の正しい距離感が分からない時、「さん付け」のおかげで事務的に話すことができ、恥じらいや駆け引きといった面倒な問題を回避できるというメリットもあった。 ただ今考えると、ここを突破しなかったせいで、大人になっても恋愛に苦労しているのかも。

やがて小学校の卒業式を迎えたが、困ったことに、私たちに「さん付け」を義務付けた先生はもう離任していなくなっていた。一体、誰がこのルールを解約するのか?「さん付け」の辞め時が分からないまま、中学に突入してしまい、結局、契約解除するタイミングを失ってしまった。

 

勇気を出せなかった自分を後悔

中学に入って、新たな同級生が増えた。そこで驚いたのは、別の学区から来た女子たちのコミュニケーション能力の高さ!私がウジウジこじらせている間に、「タカシさん」は女子たちから「タカシくん」と呼ばれるようになり、その呼び方がすっかり浸透していた。え!?何でくん付け!私のほうが付き合いは長いのに・・・

私も勇気を出して最初から「タカシくん」と呼んでいたら、友達としての時間を、もっと過ごせたんじゃないか?結局、私は「さん付けの壁」を引きずったまま成長。幼馴染との「正しい距離感」がどうだったのか、思い出せない。

20代前半で結婚した「タカシさん」は、今は2児のパパになっていた。久々の同窓会で、高校卒業以来に、「タカシさん」と再会した。なんと向こうから話しかけてきてくれて「で、恵理はいま何してるん?」と、突然聞かれた。

「エリハイマナニシテルン?」まるで、昨日話していた会話の続きから再開したように、ふっ、と出た、何でもない会話だった。

え?

「さん付けルール」解約してたの?

「エヴァシリーズ…完成していたの?」みたいに言ってしまったが

どうやらここまで思いつめていたのは私だけらしい。

私も「さん付け」解約期限を知っていたら、もっと早く壁を取り払って色んな会話に参加できたかもしれないのに…と過去を悔やんだ。

教育の中で「さん付けルール」を導入するのは、相手を敬う行動としては賛成だ。でも導入したからには解約手続きも必要ではないだろうか。生徒の中には私のように真面目で受け身のタイプもいる。大人が強要した契約をそのままにせず、子どもたちが大人になった時、「ルールなんてうっせぇわ」とぶっ壊す配慮をしてほしかった。

本間恵理

元宇宙人社員 人とのズレを楽しむライター 新潟県出身。東放学園専門学校卒業。学生時代にラジオの放送作家を経験した後、テレビの放送作家の事務所に就職。リサーチ...

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